二代目海野美盛について
二代目海野美盛(うんの びせい)は、明治時代に活躍した彫金家であり日本画家です。金工家である初代海野美盛の甥・海野盛寿の子として誕生し、本名は子之吉といいます。彫金家である海野勝珉の甥としても知られています。
二代目海野美盛は、幼い頃より父に師事し彫金の技術を学びます。また絵に関しては、日本画家である酒井道一、河鍋暁斎より教わりました。1889年になると京都に向かい、四条派の今尾景年に日本画を学び、小倉惣次郎からは西洋彫刻を学びました。
その後、1894年のシカゴ万博博覧会で銅賞を受賞し名声を高めていきます。1898年からは東京美術学校の教授も務めます。二代目海野美盛の代表作は、竹を描いた「高節先生」、「流鏑馬銀製置物」などが広く知られています。
略歴
1864年 | 金工家初代海野美盛の甥・海野盛寿の子として江戸下谷に生まれる |
1889年 | 京都へ行き、四条派の今尾景年に日本画を学ぶ |
1894年 | シカゴ万博博覧会で銅賞を受賞 |
1898年 | 東京美術学校(現東京芸大)の教授を務める |
1919年 | 死去。享年56歳 |