天狗久について
天狗久は現在の徳島県、阿波国に拠点を置いて活躍した人形師で、同名の人形作家は三代続きました。
初代の天狗久、吉岡久吉は安政5年生まれで、昭和18年まで存命していました。阿波国名東郡中村において笠井岩蔵の三男に生まれ、16歳で人形師若松屋富五郎に弟子入りしています。若松屋富五郎の本名は川島正富で、通称の川島富五郎でも知られます。
後に和田村の吉岡家の養子となり、天狗屋として独立した阿波人形師です。初代は人形にガラス目を入れることを考案した人物で、頭部の大型化を推進した人物でもあります。
二代目の天狗久は初代の長女にあたるしげるの養子で、二代目を名乗り別名天狗要とも呼ばれました。養父の初代と共に作品を製作してきた人物で、単独で製作した作品は殆ど現存していないです。三代目は先代の天狗久の次男で、別名を天狗治といい、幼少期より初代から人形作りを学んできました。
天狗久の作品は徳島市天狗久資料館において、天狗久旧工房や国指定重要有形民俗文化財天狗久関係資料の保管が行われています。徳島市天狗久資料館では旧工房の公開の他、文化映画の阿波の木偶の上映もありなど現在でも作品を見ることができます。
略歴
初代(本名:吉岡 久吉)
1858年 | 阿波国名東郡中村(現在の徳島市国府町)に笠井岩蔵の三男として生まれる |
1943年 | 死去。享年86歳 |
二代目(本名:吉岡 要)別名:天狗要
1880年 | 徳島市国府町に生まれる |
1915年 | 死去。享年35歳 |
三代目(本名:吉岡 治)別名:天狗治
1911年 | 先代、天狗久の二男として生まれる |
1978年 | 死去。享年66歳 |