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中川一政作品はすべての商品が我楽洞では高額買取対象です
中川一政(なかがわ かずまさ)は、東京の本郷で生まれた画家、随筆家です。中川一政は、インパクトのある絵を描き続けた画家です。
我楽洞では、中川一政の作品の買取を強化しておりますので、買取の際にはぜひご相談ください。
どなた様であっても丁寧にご説明、査定を行いますので、初めての方でも安心してご依頼いただけます。
中川一政作品の買取について
略歴
1893年 | 東京本郷に生まれる。 |
1911年 | 「萬朝報」に自作短編小説「椎の木」が当選受賞。 |
1914年 | 巽画会第14回展で処女作「酒倉」が入選。この作品が岸田劉生に見出されて画家を志す。 |
1915年 | 巽画会第15回展で「霜のとける道」が最高賞の二等賞を受賞。草土社の発足に参加。 |
1920年 | 初の個展を開く。 |
1922年 | 劉生、梅原龍三郎らと春陽会の設立に参加。 |
1923年 | 春陽会の会員となる。 |
1949年 | 神奈川県真鶴町にアトリエを構える。 |
1960年 | 長与善郎・中川一政・武者小路実篤・梅原龍三郎4人展を日本橋三越で開催。 |
1975年 | 文化勲章を受章。 |
1986年 | 石川県松任市(現・白山市)に中川一政記念美術館が開館。 |
1991年 | 心肺不全のため逝去。享年97歳。 |
中川一政(なかがわかずまさ)は、1893年に東京の本郷で生まれた画家、随筆家です。子供のころから独学で絵画を描き始めます。1914年(21歳)には自身の作品「酒倉」を巽画会展に出品し、その際、画家の岸田劉生(きしだりゅうせい)に見出され本格的に画家を目指します。その後、岸田劉生を中心に結成された美術団体「草土社」に参画します。
1920年には初の個展で油彩画を出展し1931年には水墨画の個展も開き多彩な才能を発揮します。1949年に神奈川県真鶴町にアトリエを構え、港や漁村の風景を描きます。1953年(60歳)にはニューヨークを経由してブラジルへ向かいました。その後、フランス、イギリス、イタリアなどのヨーロッパも訪問し、それらの風景を描き残しました。
1975年には美術界への長年の功績が認められ、文化功労者として文化勲章を授賞。その頃には薔薇や向日葵の作品を数多く制作し、鮮やかな色使いによって多くの人を魅了します。1986年に母親の故郷である石川県松任市(現白山市)に松任市立中川一政記念美術館(現 白山市立松任中川一政記念美術館)が開館。1989年に神奈川県真鶴町に真鶴町立中川一政美術館が開館しました。1991年の2月5日に心肺不全で死去、97歳の生涯を閉じました。
中川一政の代表作品
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- 向日葵
- 晩年期に描かれた作品。「向日葵」は、巨匠ゴッホへ敬意を持っていた中川一政が精力的に描いた作品です。
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- 鰯
- 水墨画に岩絵の具で着色をし描く「水墨岩彩」の作品。真鶴の海で獲れた鰯が活き活きと表現されています。
中川一政作品の高額査定ポイント
人気の作品なら査定額に期待
風景画から花、人物象まで幅広い作品があり、どの作品も高額での買取が可能になります。また、サイズにおいては、大きめの作品が好まれます。
保存状態は査定に大きく影響
作品にカビやシミ、日焼けあるいは破れ・破損がある場合には、査定に大きく影響してしまいます。普段から風通しの良く直射日光が当たらない場所に保管するのが良いでしょう。
鑑定書があれば査定がよりスムーズに
対象の作品に鑑定書があれば、査定の際に一緒にご提示ください。鑑定書があることによって一定の価値が確認でき買取がよりスムーズに行なうことができます。
作家自身のサインの確認
作品の中に本人のサインがないかをチェック。サインのある作品は買取の価格が上がることが期待できます。
所載物・本に出てる作品は査定額に期待
美術関連の雑誌や、本に掲載されている作品は、高価買取が可能です。
中川一政作品の買取に関してよくあるご質問
出張買取の時はどんな車で来られますか?近所にあまり知られたくないです。
出張買取の際の車は一般の車(軽自動車)と同じです。車の外見からは「我楽洞」の当社の名前が知られることはありません。