鹿児島成恵について
鹿児島成恵(かごしま まさえ)は日本を代表する衣装人形作家です。紙塑人形の人間国宝である鹿児島寿蔵の娘としても広く知られています。
鹿児島成恵は1925年に東京に生まれ、1937年に滝野川第一小学校卒業後、府立第八高女学校に入学しします。1939年からは画家の吉村吉松に師事し、水彩画とデッサンの指導を受ける機会を得ることになります。吉村吉松は代表作「曠原朗日」や「斜陽平日」で知られる新世紀美術協会の創立などにも貢献した日本の美術史に大きな影響を与えた人物です。
その後、1942年からは岡麗に指導を受け書を学び、1945年からは父である鹿児島寿蔵に師事し、その中で紙塑人形制作の全般と作歌の技術を学んだと言われています。また、その際には人形制作とともに短歌雑誌「潮汐」の助手としての仕事も行っていました。
1970年以降は、7年にわたり染織作家の広川青五に師事し臈纈染や型染を学びます。臈纈染(ろうけつ染め)は、生地に溶かした蝋で文様を表す奈良時代から行われていた染色技法で、より一層鹿児島成恵の表現の幅を広げるきっかけとなりました。
2014年に刊行された「鹿児島成恵作品集」は、鹿児島成恵の制作してきた紙塑・陶加彩・焼き物・貼装画などの作品がまとめられた作品集であり、鹿児島成恵が読んだものや詩集からの引用を含めて作品のモチーフとなった短歌が作品とともに掲載されている作品集です。
略歴
1925年 | 人形作家の人間国宝「鹿児島寿蔵」の長女として東京に生まれる |
1937年 | 滝野川第一小学校を卒業 |
1939年 | 画家の吉村吉松に師事し水彩画とデッザンを学ぶ |
1942年 | 岡麗に師事し書を学ぶ |
1945年 | 父・鹿児島寿蔵に師事し紙塑人形制作を学ぶ |
1945年 | 人形制作と短歌雑誌「潮汐」発行の助手を務める |
1970年 | 染織作家の広川青五に師事し﨟纈染と型染を学ぶ |
1982年 | 歴史学者の原島礼二に古代史を学ぶ |
1984年 | 「鹿児島寿蔵追悼録」「定本 鹿児島寿蔵紙塑人形」を刊行 |
2014年 | 「鹿児島成恵作品集」刊行 |